『私宝主義』を彩るプロデューサー/アレンジャーたち
- ヒグチアイ

- 11月7日
- 読了時間: 9分
トータルでサウンド・プロデューサーを立てるのではなく、「この曲ならこの人」方式で、複数のプロデューサー/アレンジャーと共に制作を行ったことが、『私宝主義』が、作品として成功している大きな理由であることは、聴けばあきらかだ。
ヒグチアイが以前からアレンジを依頼している相手もいれば、今回初めてタッグを組んだクリエイターもいる。ピアノ弾き語りでレコーディングされた「静かになるまで」を除く10曲を依頼した7人、それぞれについて、ヒグチアイに解説してもらった。
インタビュー・テキスト:兵庫慎司
THE CHARM PARK ー わたしの代わり / バランス / もしももう一度恋をするのなら
CHARMさんとは、前にツーマンでライブをやったり。最初は私が一方的に好きで、ずいぶん前から聴いていて、それで、「ライブ、ご一緒したいです」みたいな感じでオファーしたんだっけな(※2021年6月11日東京・日本橋三井ホール『HIGUCHIAI presents 好きな人の好きな人 −入梅−』で実現)。
その時に話をしたら、めちゃくちゃいい人で。「僕、アレンジとかもしてるんで、よかったら声かけてくださいね」「え、いいんですか?」みたいな話からお願いしたのが、『未成線上』の「自販機の恋」と「恋の色」です。
その2曲で、ストリングスのアレンジをしてもらった時、「ストリングスのアレンジ、ほとんどしたことがないけど、ちょっとやってみます」って言ってくれたんですけど。それでやってもらったアレンジが、すごい新しくて、おもしろくて。とても柔軟な人だな、と思って。
今回は、「わたしの代わり」と「バランス」を……もともと「バランス」の方だけお願いしようかな、と思ってたんですけど。「わたしの代わり」は、今までこういう曲は、ひとりの弾き語りで出して来たので。でも今回は、バンドで出した方が音楽としても聴けて裾野が広がるんじゃないかな、CHARMさんだったら、雰囲気をわかってアレンジしてくれるんじゃないか、と思って。
それでお願いして、弾き語りのライブ音源を送ったんですけど、CHARMさんは「これはこのまま弾き語りの方がいいんじゃないですか?」と。「いや、でも、お願いします」って言って、がんばって作ってもらったっていう感じでした。
「バランス」の方は、たぶんCHARMさん、合いそうだなと思って。「つまんない人間になっちまったな」って言ってるサビで、もっと遊び心がある感じのアレンジにしてほしい、みたいな話をして。CHARMさんが声でトランペットをやってくれているんですけど、私もレコーディングでボイパに初挑戦したりしました。
「もしももう一度恋をするのなら」は、タイアップの曲ですけど(※ABEMAの恋愛リアリティショー『さよならプロポーズ』シリーズのテーマソング)、この曲のハッピーな感じが、CHARMさんがいいなと。やさしい、ハッピー、あったかい、日曜日のお昼みたいな感じをお願いするんだったら、絶対CHARMさんだな、っていうことで。
倉品翔(GOOD BYE APRIL)
ー 花束
倉品くんは、今年、ビルボードでやった『合唱』っていうライブ(※2025年7月12日大阪と8月3日横浜のビルボードライブで開催。6名のコーラス隊と共に行った)の時に、コーラスのひとりとして入ってくれて、コーラスアレンジもやってくれて。その前の、『ALL TIME BEST LIVE』の時にもお願いして入ってもらいました(※2024年12月14日東京国際フォーラムホールC)。あと私がGOOD BYE APRILの曲に参加していたりとか(※2024年5月1日リリースの「ニュアンスで伝えて feat.ヒグチアイ」)。
10年以上の仲ではあるんですけど、最近になっていろいろとご一緒して。私、こういう、ミドルテンポぐらいで重くない曲は、あんまり書かない人間だったんで。
「わたしの代わり」を、そのまま弾き語りにしたくなかったのと同じで、音楽として聴きやすいけど、内容的にはけっこう刺さるようなものって、どうやったら書けるのかな、って思いながら書いてみた曲なんですね。で、こういう曲だったら倉品くんにアレンジをお願いしてみたいな、GOOD BYE APRILでやってる音楽性と近いかもしれないなと。コーラスをたくさん重ねたい、というのもあって。
互いにシンガーソングライターだけど、倉品くんは私とけっこう違うんですよ。一緒に歌を歌っても、同じ歌詞で同じメロディーなのに、言葉を閉じる、歌を閉じる息継ぎのタイミングも全然違うし、節回しも全然違う。それがおもしろくて。私が持ってないものをたくさん持ってる人なので。彼にお願いすれば、私の想像し得ないところに曲が行くんじゃないかな、っていう。
私は、抑揚がすごいついたりする、暴れるタイプの歌を歌うんですけど、倉品くんの歌は全然そうじゃなくて、ずっと一定で。一定なんだけど、そこにすごいドラマを感じるというか。俯瞰して見てるからその分誰かのドラマになる、みたいな音楽性だな、と思って。今後私が、そういうものもできるようになったら、歌を歌うことも、ライブをすることも、長く続けられるような気がして。新しい強みを作りたくて、お願いしましたね。
サクライケンタ
ー 雨が満ちれば / 誰
サクライさんは、もともとポニーキャニオン(所属レーベル)の、ディレクターさんが紹介してくれたんですけど。それまでは、サクライさんがアレンジした曲、聴いたことはあったんですけど……改めて聴いてみたら、すごい偏ってたんですよ。で、その10曲とも、サクライさんっぽいな、って思って。1曲ずつ、曲調が全然違っても、サクライさんが作るとサクライさんの色になるんだな、それくらい、その人の色を持ってるって強いな、と思って。
こういうダークな曲は、絶対サクライさんにお願いしようって思って。おもしろい引き出しをたくさん持ってる人なので……暗い曲だし、かなり偏ってる曲ではあるんですけど、その中におもしろみをたくさん入れてくれる人なので。
あと、感覚で話しても、全部伝わる。音楽的に「なんかこういう感じにしたい」とか、「こういう雰囲気にしたい」とか、抽象的なことを言っても、「わかりました」って、ほんとにそういう音にしてくれる人なので。そういうところも信頼してます。またこういう曲ができたら、サクライさんにお願いするんだろうな、って思ってます。
三井律郎
― エイジング
三井さんは、『ぼっち・ざ・ろっく!』で初めてお仕事でご一緒したのですが (主人公がメンバーの“結束バンド”の曲の、オープニングテーマ等の作詞を担当。編曲が三井律郎だった)、その前から、三井さんの音はよく聴いていました。
『ぼっち・ざ・ろっく!』の時に、三井さんがどうやってアレンジをしているか、みたいな話もめちゃくちゃきいて。三井さんがアレンジしたものに、私の歌詞を載せて仮歌も歌ってるので。だから、私が作詞しているものであれば三井さんの音と私の声が、『ぼっち・ざ・ろっく!』の曲の原型と言ってもいいかもしれません。何回も三井さんのアレンジを聴いているので、どういうことをしたい人で、どういうことが得意な人なのかを感じ取れているような気がしたので。この曲は絶対合うだろうなと思って、それでお願いしたら、思ったよりも難しいアレンジになって驚きました。ピアノもアレンジしてくれたんですけど、音があっちこっち行きすぎて、「これ、私が弾きながら歌うってことを考えずに作ってるよね?」っていう。まだリハーサルしてないんですけど、不安ですね(笑)。
一緒に作ってて思ったことは、ほんとに、アレンジの引き出しがすごくあることを再確認して。三井さんは、「僕なんて全然できないんです」ってずっと言ってるんですけど、そんなに引き出しあるのに?って思っちゃう。すごい好きなアレンジですね。
FUJIBASE
― 一番にはなれない
FUJIBASEくんは、私が曲を聴いていて、好きだったから。applemusicで聴いて、気になって、SNSに書いたりしたら、「ありがとうございます」ってお返事が来て。
「NEON TOKYO」という曲を、まず好きになったんですけど。ちょっと好きなものが似てるかも、って思うところがあったんですよ。音の重ね方、音の使い方と、リズムの使い方の感じが。だから、好きだというのと、合うかも、というふたつがあったので、お願いしました。
それでDMでやりとりして、「いつかアレンジをお願いしたいと思っています」みたいな感じで送ったら、「うれしいです」って返事をくれて。
FUJIBASEくんもレコーディングに来てくれたんですけど、「僕、『進撃の巨人』の世代なんです」って言われて。「私も世代だけどな」と思って(笑)。20代前半くらいに見えたけど、「そっか、それくらいが『進撃の巨人』の世代なんだ」って、初めて知りました。
宮田‘レフティ’リョウ
― 恋に恋せよ
レフティさんは、私が18〜19歳ぐらいの時から知ってるので、この中ではいちばん長いです。その頃に、一緒にやるかもしれなかったプロデューサーがいて、その人のアシスタントをやっていたのが、レフティさんだったんです。結局ご一緒しなかったんですけど、その後しばらく経って再会して。それから今までも何回もアレンジをお願いしていますし、そのプロデューサーとも一緒にアルバムを作ってます。
レフティさんとやる時って、弾き語りのデモを持って、レフティさんのスタジオに行って、そこにもうそのままドラムを打ち込んでいく、みたいな作り方なんです。「そこ、そういう感じじゃなくて、こういうリズムの方がいいです」とか、いろんな曲を聴いて、「ここのこういう音がほしかったんです」とか、「この上にこんな雰囲気の音がほしいです」みたいなことを言いながら、全部一緒に作っていく。
私が言うだけじゃなくて、「最近こういうソフトがあって、この音を入れたらこういうふうに作れるよ」とか教えてくれる。自分からは絶対出てこないアイディアをくれる人です。家で水の音とか、ヤカンの音とかを録って送ったら、それもサンプリングして入れてくれたり。
基本、否定しないんですね。「あ、それいいね」って、取り入れてくれる。それでどんどん音が盛り盛りになっちゃうっていう。ずっとラフでフラットなので、そういうノリが好きです。
兼松 衆
― ぼくらが一番美しかったとき
こういう曲を書く時は、いつも兼松さんにお願いしてます。最初は「悪魔の子」からです。この「ぼくらが一番美しかったとき」でもドラムを叩いてくれている、tricotの吉田(雄介)さんが、私が昔から知り合いで。tricotに入る前から……私がよく出ていた渋谷のライブハウスの店長が、吉田さんと仲がよくて、その店によく来ていたんですね。吉田さんは兼松さんとも仲がよくて。
私もその前から、兼松さんのお名前は知っていて、曲も聴いていたので。手嶌葵さんの「あなたのぬくもりをおぼえてる」という曲が好きで。「いつかお願いしたいです」っていう話をしてたんですね。
それで、「悪魔の子」で叶ったんですけど。その、壮大な世界観みたいなところが……ストリングス・アレンジも最高で、印象的なティンホイッスルは兼松さんの演奏です。。あとは、自分が楽曲提供曲を頼まれたVTuberさんの楽曲などで、「『悪魔の子』みたいな曲を書いてほしい」って言われることが多いので、「じゃあ兼松さんにアレンジをお願いしよう」みたいな感じでお願いすることも多いです。
兼松さん、いつもおもしろいなって思うアレンジが上がってくるんですけど。お願いするたびに、毎回すごい進化してるんですよね。確実に以前と同じじゃない。今回もまた進化していて、びっくりしました。本当にすごい才能だなって思っています。








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