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[SPECIAL] 村上麗奈(20 代ライター)が「未成線上」を聴いてヒグチアイに訊いた


――今回のアルバム『未成線上』を一通り聞かせていただいたとき、今までのアルバムよりも歌詞の面でもサウンド面でも明るい楽曲が多いと感じました。アルバムを制作していくにあたって、そのような意図はあったのでしょうか?


ヒグチアイ:そもそも今回はタイアップ曲が多いんですけど、タイアップで暗い曲が要求されることって少ないんです。そういうことを考えてバランスを取っていくと、明るい曲が多くなったのかなと。自分の中ではあまり意識してはなかったんですけど、そうなりましたね。


――アルバムを作っていく上で、テーマやコンセプトなどはあったのですか?


ヒグチアイ:特になかったです。これまで出していた配信のシングルとかをざっと入れなきゃいけないというのがあって、そこからどういうバランスでこのアルバムを作ろうかと考えていました。なのでアルバムのコンセプトみたいなことを考え始めたのはあとからでしたね。


――タイトルの『未成線上』はどんなところから?


ヒグチアイ:このアルバムをどういうものにしようかと考えていた時期、自分の中でやりきった感があったというか、「悪魔の子」を出したことで1 曲を広く知ってもらった感覚があったんです。もちろんまだまだだなと思うこともあるんだけど、足るを知ったというか。自分のキャパシティをすごく考えた2022年と2023年だったし、自分のキャパにパツパツにいろんなものを入れたなという気持ちがあって。じゃあここから自分がどういう風に音楽を作っていくか、活動していくかということを考えるようになったんです。これからもまだ人生は続いていくし、お金を稼がないと生きていけない。そういう現実的なことを考えたり、一度区切りがついたもののこの先どうしていこうと考えたときに、未成線という言葉をなにかで見つけて。完成されなかった線路とか、終着駅の向こう側に残っている線路のことを未成線って呼ぶらしいんですね。今の自分はその線路の上にいる、終着駅の向こう側にいるということでこのタイトルにしました。


――今回のアルバムの位置づけとしても、ゴールの向こう側というか、第2章や第3 章の始まりのような感覚でもある、と。


ヒグチアイ:そうですね。そういう曲も結構多いし、恋の歌に関しても別れのその先というか、ドラマが終わったその先も2人の人生は続いていきますよね。一旦終わったもののその先というのはどの曲でも意識しているような気がします。


――特にはじめの2 曲である「大航海」と「祈り」を聴いていて、すごく生命力のようなものを感じたんです。そういったことも、その先を歩んでいくみたいな気持ちやモチベーションが反映されている結果だったりするのでしょうか?


ヒグチアイ:どうなんだろう。生命力って、昔は無限に湧いていたのに、今は「これが生命力だ」って確認しないと分からないような気がしているんです。自分で自分を盛り上げていかなきゃいけないようになってきたというか。だから昔はなにもなく生きているだけでも生命力をみんなに感じてもらっていたけど、今はちょっと気が緩むと死に向かってる感じがする。みんなそうなんですかね?自分がこういう仕事をしているからかもしれないけど。


――面白いですね。そのように考え方が変わったタイミングなどはあったりするんですか?


ヒグチアイ:やっぱり「悪魔の子」が出た後だと思います。あれがなかったら、もうちょっと先まで「まだまだこの道は続いてる」と思っていたかもしれない。昔から1 曲だけすごく売れて知られている人に対して、別に否定的でも肯定的でもなく、「自分もそういう風になるとしたら怖い」みたいな気持ちがあったんです。その怖さが初めて自分の身に降りかかってきたのが2022年だったので、それは大きかったと思います。


――「悪魔の子」以前と以降で、曲との向き合い方なども含めてアーティストとして変化した、変化してしまったと感じることなどはありますか?


ヒグチアイ:あります。元々コアなものを作ろうとも思っていなければ、大衆に向けて作ろうとも考えていなかったんですけど、どんな気持ちで書いていたとしても、自分の歌詞をこれだけ理解してもらえたり、すごくいいって言ってくれる人がいるということがすごく自信になったんです。もっと聴いている人を信頼してもいいんじゃないかと思えたというか。今までもこれからも同じように歌詞を書いていくという前提の上で、心の持ちようはすごく変わった気がします。


――リスナーへの信頼が大きくなったことで、歌詞を書く際に迷いがなくなったり、執筆のスピードが変わったりなどもあるんですか?


ヒグチアイ:いや、それはもうなかなか書けなくて。(笑) でも歌詞の内容も変わってきているんですよ。私は結構「これが正解」みたいなものを歌うのが苦手だったので、話が飛んだり周りのことをモヤモヤ歌う感じだったんですけど、モヤモヤ歌うことは変わらなくても、道筋的に分かりやすいように書いていくことが大事だと思うようになったり、自分で分かるというよりも誰かが理解できるように書けるようになってきたとは思います。でもそれは作家業として歌詞を書いて人に歌ってもらったり、歌詞だけを書く経験もあって手に入れたもののような気がしますね。


――「大航海」の話に戻るのですが、この曲の中には「今思えば」というワードが何回か出てくるじゃないですか。ヒグチさんご自身、過去と対比して「今思えば……」と感じることも多いですか?


ヒグチアイ:めっちゃありますね。いっぱいになって気づく自分のキャパシティがあるというか。もっと無限だと思っていたら、意外と一歩踏み出したら限界だったみたいなことがあったりして。いっぱいじゃないときには振り返れなかったことが今振り返れるようになっているのは、1 回限界を知って、足るを知ったからだなと思います。なので振り返っちゃうんですよね。


――「大航海」の歌詞でもう一点気になったのは、「今日も酒がうまいなあ」という歌詞で。ヒグチさんはこれまでのインタビューの中でもしばしばお酒を飲まれないというお話をしていると思うのですが、お酒を飲まれないにも関わらずこの歌詞が自然なニュアンスで出てくるのが面白いなと。


ヒグチアイ:周りの友達がめっちゃ酒を飲むようになったんですよ。(笑) つい最近まで「ビール一杯で十分」みたいな感じだった女友達とかと会っても、「ご飯行こう」って言ったら居酒屋になったり、ご飯屋さんに行ってもまずビールを頼んでいたりするんです。それで酒が止まらないみたいな姿を見ていると、酒を飲まずにはやってられないという状態って、いろんなことが積み重なってしんどい状態なんだけど、それもまた楽しいみたいな感じなのかなと。打ち上げとかもいろいろ見てきて、みんながお酒を飲みながらああだこうだ言って全部吐き出しちゃうのを見ていて、全部吐き出したらフラストレーションがなくなっちゃうじゃんって私は思っちゃうんです。自分は酒を飲まないのではなく飲めないんだけど、自分のモヤモヤしたものをお酒で発散しないで持って帰って曲にしているという反抗的な気持ちがあったんですよね。ベロベロで帰っていく友達とか見てると、「毎日こうやって一日をちゃんと終わらせていかないといけないんだろうな」と思うんです。


――お酒を飲んで多くの人が発散しているであろうものを、ヒグチさんの場合はご自身の中で消化して曲にしているみたいな感じなんですね。


ヒグチアイ:そうですね。一時期、日記を書いていたんです。でも日記を書いていると、全部その日のうちに終わらせちゃうことになるんですよね。自分の感情に答えをつけて次に行っちゃうので、分からないことがなくなっちゃうというか。だから日記を書くのはやめたんですよ。ずっとぼんやり何かが残っている状態の方が自分の曲にはいいんだなって。


――すぐに答えを出すのをやめるというか、自分で抱えている時間を長くするというか。


ヒグチアイ:そう。その方が、自分でちゃんと見つけた答えという感じがするじゃないですか。その方がその答えにちゃんと誇りを持てる気がする。それを大事にしたいですよね。


――世の中的な風潮としては、どれだけ早く答えにたどり着けるかみたいなことが重要視されてしまっている部分があると思うんです。でも今のお話にはそうじゃない、自分の頭と足で答えを求める楽しさみたいなことが含まれているような気もします。


ヒグチアイ:でも自分で答えを見つけるにもフラストレーションは溜まるだろうなとは思いますよね。答えがない状態のものをずっと持ち続けて、答えが見つかったところで何になるんだよって言われたら何にもならないし。でも今おっしゃったような世の中の風潮に、少なくとも自分はめちゃくちゃ合ってないとは思う。そんな中で自分は、自分で答えを探すしかないという状況で答えを見つける練習をずっと繰り返してる気がするんです。突然精神を病んだりする前に、一旦考える。考える筋力はつけていった方がいいと思っているんです。「でもそれ面倒くさいじゃん」って言われたら確かにそうって思っちゃいますけど。


――とはいえ、今考える筋力とおっしゃったものの蓄積が、いざというときに何かの役に立ってくれそうな予感はあります。


ヒグチアイ:そうなんですよね。そういう教科書があればいいのかもしれないですね。私、メンタルのパーソナルジムみたいなのがあればいいのにってすごく思っていて。そういうメンタルを鍛える場所があったら自分だったら通いたいです。


――確かに、そういった存在があれば救われる人も少なくなさそうですね。「祈り」は「大航海」と合わせて生命力のある曲だと感じました。民族音楽を彷彿とさせる打楽器の使い方、「手をあげて」「声をあげて」という歌詞の身体性も相まって原始的、本能的なものも感じたのですが、どういったイメージからできた曲なのでしょうか?


ヒグチアイ:民族的な、いわゆるジャングルビートのリズムが昔からすごく好きなんです。自分の書いている曲がそうかと言われたらちょっと分からないんですけど、土着感がある方が好きで。最近サッカーを見るのが好きで、その応援歌みたいなものを作りたいという気持ちで作ったのが「祈り」なんですけど、応援歌やアンセムを聞いていると土着感のあるものも多いから、リズムを感じながら歌いやすいメロディーや覚えやすい言葉にしたいと思ったんですよね。なにかを応援してる瞬間って複雑なことができない気がするんですよ。なので複雑なものは取っ払って、コード進行だったりも含めてすごく簡単なものにしています。


――土着的な音楽って、極端な例ですと世界平和だとか、団体の幸福を願ったり応援をする楽曲も多いように思うんです。でも「祈り」が最終的に行きつくのは「君のそばにいたい」という、一個人に向けられた感情なのが面白いと感じました。


ヒグチアイ:その話で言うなら、ヒグチアイが世界平和を歌う日は多分一生来ないと思います。というのも、自分はそこからとても遠い気がするんですよ。もちろん大事な話だとは思うんですけど、やっぱり最初は隣の人を大切にするところからでしょってずっと思っていて。全ての人が左隣の人に優しくしたら、みんなが優しくなれるじゃないですか。地球丸いし。だからとにかく自分の隣にいる人だけは大切にしようという気持ちでずっと曲を書いている。自分に持てるものはひとつ、大切にできるのはひとつという気持ちで作っているのが関係してると思います。そもそもこの曲はサッカーの応援歌でもあるので、そうなると好きなサッカーチームはひとつだし、なんでそのチームが好きかというと「あの人が好きだから」から始まっていることもあるし、そうやって好きをほぐしていくと君にぶち当たることが多い気がするんですよね。


――世界が優しくなるための第一歩として、自分の隣の人や自分の好きなものの傍にいよう、大事にしようという。


ヒグチアイ:絶対そうだと思ってます。


――今回のアルバムは恋愛ソングのあり方もひとつのポイントになっているのかなと思います。「自販機の恋」と「恋の色」、「この退屈な日々を」というタイアップのついている3 つのラブソングはこれまでのヒグチさんのラブソングとはニュアンスが違うもののようにも感じますが、その3 曲がアルバム書き下ろし曲の「わがまま」や「このホシよ」に与えた影響も大きいのでしょうか?


ヒグチアイ:そうですね。今回タイアップで映画の最後に流れる曲を作ったときに、「観た後にほっとした気持ちで帰れるようなものを作ってほしい」と言われたんです。なので的確なことを鋭く言う必要があまりないのかなと思って、フワッと優しい曲をテーマに書きました。でもそうやって書いてもちゃんと自分らしいところが出ている曲ができたので、楽しい曲を書いてもいいだろうと思えるようになったんですよね。あとは、アルバムで新たに書いた曲に関してはライブでできる曲を書きたいなと思っていたので、ライブで映える曲というのを考えた曲でもあります。


――タイアップでこれまで書かなかった方向性の楽曲を書いたあとに、新たな書き方でラブソングを書き下ろしてみていかがでしたか?


ヒグチアイ:何もタイアップがない状態で書くと、やばい女ばかり書いちゃうんだなって思いました。(笑) まず嘘をつこうとしてる感じとか、「あなたに選ばれたいけど私もあなたのことを選びたい」っていう可愛くない感じとか。「このホシよ」とかも、そもそも地球に滅んでほしいと思ってるし。「最後にひとつ」も、あなたのことを恨んでいるということをあなたに伝えているとか。自分の恋愛観が浮き彫りになって恥ずかしいですね。他の曲を聴いている方は「ヒグチも大人になったな」とか思ってくれてるはずなのに、アルバム曲で「やっぱり変わってないんだな」みたいに思われるんだろうなって。(笑)


――とはいえ、過去の曲の方がもっとストレートに恨んでるような印象が強かったので、むしろ今回の収録曲にはいじらしい印象を抱きました。


ヒグチアイ:そうやって言ってもらえるとほっとします。(笑) それで言うと、そもそも人を恨み続けるって大変なことだったんだなと思うんですよね。


――それは最初の方におっしゃっていた「気を抜くと死に向かっていく」みたいな話とも繋がっているのでしょうか?


ヒグチアイ:そうかもしれないですね。自分が忙しくなったからというのもあると思うんですけど。でも人を恨み続けるのってしんどいので、肌にめり込んだガラス片を自然と外に押し出そうとするみたいな話で、心に置いておく方が難しい感じがするんですよね。


――「わがまま」の嘘をつく話も、むしろ可愛らしく思います。


ヒグチアイ:可愛いですよね。昔の私がこの曲を書くとしたら、こういう書き方にはならないと思うんです。「私はあなたのことが好きであなたを連れ込みたいんだけど、それが言えない」みたいな曲になる気がしてて。でもこの曲は、「私が嘘をついてあなたがもし家に来るような人だったら、私は好きにならないかもしれない」っていう、いろんな角度の思いが書かれている曲というか。恋って全部単純ではないっていうのを書けるようになってきたから、嘘をつくみたいな可愛い歌詞が書けるようになったのかもしれないと思います。昔だったらプライドが邪魔して書けなかったかもしれない。


――「いっそ 誰かのものになってよ」とか、「手の届かないところに 行っちゃって」といった、自分がどう動くかという話ではなく、相手にどうにかしてほしいという歌詞も可愛らしさがあるというか。それこそプライドが邪魔していると書けない歌詞かもしれないと思いました。


ヒグチアイ:そうかも。でも「わがまま」の「いっそ 誰かのものになってよ」とか、「このホシよ」の「このホシよ滅んで」っていう他人任せな感じって、自分の中にあるものなんだなって思います。かなり昔に書いた曲で、「自分が自分のことを好きになってくれる人しか好きになれないのは、自分に自信がないからだ」ということを書いていて。自分の感情にあまり自信が持てないから、「いなくなったら諦められるのに」とか、「私ができることはここまでだから、そこからはあなたが来てくれるか、あなたがどっかに行くかしかない」みたいな感じなんですよね。


――あっさりした感じなんですね。


ヒグチアイ:あっさりと言えばまだいいんだけど、ダサいですよね。自分の中では本当はもっとぐちゃぐちゃしているのかもしれないけど、勇気がないんだと思います。傷つく勇気もないし、そもそも自分の感情を信じられない。もし自分が選んだ人が駄目な人だったらどうしようみたいなことを思うんですよ。「自分って人を見る目がなかったんだ」って思うのって嫌じゃないですか。それが怖かったりするんでしょうね。


――「誰かのものになってよ」という歌詞が他人任せなだけでなく、「このホシよ滅んで」というのも他人任せの一種なんですね。


ヒグチアイ:そうです。今が一番幸せだからここで終わればいいというか。基本勇気がないというか、逃げ体制なんですよね。未成線上の逆みたいな話で、どんなときでもここで終わればいいのにって思うことが多い。今この時点で終われば全て良かったのにっていう感じなんだと思います。


――未成線上とは全く逆のスタンスがこのアルバムに入っているのも面白いですね。「最後にひとつ」は、「どうかおしあわせに」という歌詞をどう捉えたらいいのかなと思っていて。本当にもう恨んでないから幸せに、というすごく素直な感情にも思えますし、皮肉にも受け取れる気がしたんです。


ヒグチアイ:その解釈は任せます。(笑) でも私の中では、「一生あなたのことを思い出すことはないから幸せになってね、でも私の知らないところでね」っていうのを恨んでいたことを打ち消すように言うみたいな感覚なんです。そもそもこの曲は、ダンボールを開けたときにアウターのポケットに入っていたレシートから見つけた最後の思い出を見て、それがなくなってしまうからもう思い出さないよっていう最後の別れの歌なんですよ。ちゃんと幸せになってほしいと思っています。


――今まで出た恋愛ソングについてのお話の全てに、去る者は追わないというスタンスがすごく表れていますね。


ヒグチアイ:それは本当にそうですね。去る者は追わないです。自分のプライドが許さないし、かっこ悪いし、傷つきたくないので。いなくなったんだったらいなくなったまま。自分の傷は自分で直せるし、蓋をするタイプですね。


――力強い。(笑)


ヒグチアイ:もっと追いかけたりすがったりする方が可愛いじゃないですか。(笑) でもそれができないし、できない自分のプライドの高さみたいなのがすごく嫌いだし。そういう自分の嫌なところって、恋愛に出やすいなと思いますね。自分のことを知るのは恋愛が多い気がします。


――「いってらっしゃい」は「悪魔の子」に続き『進撃の巨人』への書き下ろし楽曲です。様々な場所で広く評価された「悪魔の子」のあとの『進撃の巨人』への書き下ろし曲として、どんなことを考えて作ったのでしょうか?


ヒグチアイ:もう本当に、書くことないなあっていう。(笑) 「悪魔の子」は最終巻まで読んだ上で書いてるので、次は何を書いたらいいんだろうと思っていて。ただミカサとエレンの2 人のラブソングみたいなものを書きたいとは思ったんです。すごく好きな人がいなくなってしまうというお別れの曲を書きたいなと思って書き始めましたね。


――「悪魔の子」とは全く違うところからスポットライトを当てたんですね。


ヒグチアイ:そうですね。「悪魔の子」は俯瞰で書くことも多かったんですけど、今回はもっと物語の中に入り込んで、2 人の目線で書きました。


――2024 年には、フルバンド編成と弾き語り、それぞれの体制でツアーが予定されています。弾き語りで歌われたりご自身ひとりでパフォーマンスするのと、バンド形式で他の人と一緒に演奏するのとでは、気分的な違いも大きいですか?


ヒグチアイ:全然違いますね。バンドは楽しくて、弾き語りは楽しくない。(笑) とはいえ最近は歌の歌い方をちょっと変えたので、弾き語りも少し楽しくなってきました。弾き語りは自分とピアノが一対一みたいな感じなのでお客さんにも一対一になってほしいし、戦っているような感覚なんですけど、バンドの場合はみんなでひとつみたいな感じなので、みんなでなにかするって楽しいんだって気付きましたね。


――ツアーはどんなものになりそうですか?


ヒグチアイ:2024 年は、ピアノをいっぱい練習したいなと思っていて。ピアノをもうちょっと上手くなりたいんですよ。なのでツアーでは弾き語りの面白さを聞いている人に感じてもらえたらいいなと思うし、バンドはバンドで楽しくできればいいなと思っていて。特に弾き語りをもう一段階レベルアップさせたい気持ちがありますね。


――弾き語りをレベルアップさせたいというのは、弾き語りを楽しめるようになってきたという心境の変化も関係しているのでしょうか?


ヒグチアイ:そうですね。あと「誰でもない街」とか「この退屈な日々を」はfox capture plan に編曲してもらって、鍵盤も弾いてもらったんです。ライブではそれを自分が弾かなきゃいけないので耳コピしながら練習していたんですけど、その作業がすごく楽しくて。もうちょっと自分がピアノを弾けたら音楽的にももっと豊かになるんじゃないかと思えたんですよね。なので2024 年はもう少し勉強できればいいなと思っています。


――改めて、今回の『未成線上』が完成してみて、どんなアルバムになったと感じていますか?


ヒグチアイ:本当にできたばかりなのでまだ自分の中にも入れられてないんですけど、いろんな人から「すごくポップなアルバムになったね」と言われますし、自分でも今までのアルバムで一番ポップになったかなと思っています。なので広がればいいなと。今の世の中的にはアルバムって出さなくてもいいじゃないですか。配信シングルだけ出すパターンでもいいと思うんだけど、自分にとってアルバムは栞を挟んでいく感じというか、点を置いていくような存在のもので。そういう意味では今回のアルバムは32、33、34歳を象徴するアルバムになったと思うので、記憶の整理をするものとしても良い作品になったと思いますね。


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