CM ソング1 曲、テレビドラマのエンディング1 曲、映画の主題歌や挿入歌として書いた曲3 曲、二度目の『進撃の巨
人』への提供曲1 曲の、既発のタイアップ曲6 曲。コロナ禍直後からライブで歌い続けてきた「mmm」や、2023 年11月〜12 月に大阪・名古屋・長野・東京を回った独演会ツアー『反応』で披露した「最後にひとつ」と「大航海」などの、本作のためにレコーディングされた新曲5 曲。
ヒグチアイのニューアルバム『未成線上』には、以上の11 曲が収録されている。昔からヒグチアイが得意としているタイプの曲(「大航海」や「mmm」)、ここ数年で精度がぐんぐん高まってきた曲(一連のタイアップ曲)、これは新たな武器なのでは?
と驚かされる新しいラブソング(「わがまま」「最後にひとつ」「このホシよ」)。その三方向の魅力がひとつのアルバムに収まることになった経緯を、今のヒグチアイに訊いた。
今作に「mmm」を入れた理由
──前作『最悪最愛』の時に、身を削るような曲の書き方はもう終わり、そういうのは年に1 曲ぐらいで、そうではない曲の書き方を身に付けないと、という話をされていて。
ヒグチアイ:はい。
──『最悪最愛』は、まさにそういう作品でしたが、本作はそのあたりはいかがでした?
ヒグチアイ:今回、タイアップの曲が多いんですけど。タイアップで曲を書くのって、自分の身をそんなに削らないっていうことがわかったんですよ。私の前に、誰かが身を削ってくれているので。身を削るっていうのは、結局、答えを出すっていうことだと思うんですけど、その答えがもうある。絶対にいいものを、誰かが信じているものを、まず作品として作っている。私はそれにのっかればいい、というのは、ほんとにラクなことなんだな、というか。だからこの2年間、けっこう曲を書けた、というのはあると思います。
──既発のタイアップ曲が6 曲、新たに書いた曲が4 曲、あと「mmm」が収録されていますが。「mmm」は、前のアルバム『最悪最愛』より前から、ライブでやっていましたよね。コロナ禍でも歌える、口を開けずに歌う歌。
ヒグチアイ:はい、やっていましたね。
──『最悪最愛』に入れなくて、今作に入れたのはなぜ?
ヒグチアイ:前作の時は、まだ(コロナ禍の)渦中だった気がするんですよ。渦中で、まだ思い出にもなっていなくて、でも新しくもない、という感じがあったんですけど、今はもう、前を向くことが多くなってきていて。ライブも増えてきて、フェスとかも普通にやり始めている中で、でも忘れないでいたい、って思っている人が多いから、この曲を好きな人が多いんじゃないかな──って、ライブでこの曲をやっている時に思って。なので今回、このタイミングしかないかな、と思いました。内容とかも、自分でも古いなと思うんですけど。
──古くなったけど忘れたくはない、というのは、きっと「あれは何だったんだ?」という疑問が解消されていないからですよね。
ヒグチアイ:うん、うん。
──コロナ自体は終わっていないけど、コロナ禍は終わったことになっている。フェスや大型ライブが軒並み中止になっていた頃よりも、日々の感染者は多いのに、「もう気にしなくていい」というルールに変わっている。
ヒグチアイ:そう。
──だから、『最悪最愛』の時は、「なんで“mmm”を入れないんだ?」と思ったけど、今作を聴いて「今入れるのが正解だったんだな」と、納得しました。
ヒグチアイ:そうですよね。今だって、すべてがわかったわけでは全然ないじゃないですか。でも、最初の緊急事態宣言の頃はもっとわからなかった、慣れていなかった、ということで。その上で……丸3 年間、なんにもできなかった子たちもいるんだもんなあ、ということを、まわりの人たちの話を訊いていても知るし。学校がずっとリモートとか、部活も修学旅行もなかったとか。ライブハウスも……あの当時はおカネを貸してくれて、「返済はまだいいよ」って言ってくれていたけど、今は返さなきゃいけないターンに入っていて、売上をコロナ前に戻すだけではずっとマイナスなんだと。あの頃よりも稼いでいかないと借金を返せない、それで2024 年はつぶれるライブハウスが増えるんじゃないか、っていう話を、この間きいて。そうか、まだ終わった話じゃないんだな、と思うんですけど。
ラブソングに自信がなかった
──それから、新しく書かれた4曲がどれも、タイアップの曲と変わらないくらい、キャッチーで間口が広い気がして。
ヒグチアイ:わかりやすいですよね。「大航海」「わがまま」「最後にひとつ」「このホシよ」……あの、いっぱい曲を書いたんですよ。とにかく恋の曲を書く、っていう期間があったんです。結局、恋の曲が共感しやすいっていうか……恋って心が動きやすいし、みんな恋したら胸が痛くなるみたいな、同じルートを通っている感じがする。だから恋の曲を書いてみよう、みたいな時期があったんです。それで、恋の曲三部作(「自販機」「恋の色」「この退屈な日々を」)を出して。私、めちゃくちゃ恋愛もしてきているし、恋多き女だったりもしたので(笑)。そういうものも出したいなと思いつつ、恋の曲をいっぱい書いたら、アルバムに選ばれたのは、私が好きな曲っていうよりも、みんなが好きな曲になったかもしれない(笑)。全部で40〜50 曲ぐらいあったんですけど、その中から選ばれたのがこれだったので。
──僕は正直、ヒグチアイって、そんなにラブソングの印象、なかったんですが。
ヒグチアイ:はい。私もないですね。
──今「恋多き女」っておっしゃったのも、「え、そうなの?」と。
ヒグチアイ:そうなんですよ。これまで、人生の歌ばかりフィーチャーされてきたので……でも、恋愛の曲を押し出すのってすごい難しい、という気はしていて。どういう気持ちで一所懸命歌ったらいいのかわかんない、というのがあるんです。だって自分の話じゃん、という。
──人生の歌だって自分の話じゃないですか。
ヒグチアイ:そう。でも人生の歌は、「これを生きてきた」ということを、大きな声でしゃべれる気がするんです。でも恋愛のことって、もっとコソコソ言う話じゃないですか。この人のことが好きだなっていう気持ちは、内側に秘めるものというか。
──でも、今も昔も世の中には、これだけラブソングが溢れているわけで。
ヒグチアイ:そうなんですよ。私も好きですし、そういう曲を。でもラブソングって、結局、聴いている人が、自分の曲にしている気がするんです。誰が歌っていたとしても、歌い手の名前を知らなくても、「これは自分の歌だな」ってなると思うんですよ。でも人生の歌に関しては、ヒグチアイが歌っているということが大事だというか、歌っている人の歌な気がしているんですね。だから、人生の歌を書いている方が、自分が歌う意味がある気がしていたんです。恋愛の歌で私らしさを出すのが、難しかったんですよね。ラブソングも書いてはいたけど、ずっと自信がなかった。「これ、誰でも書けそうだなあ」というか。今もそういう感覚はあるんですけど、いっぱい書いている時に、自分らしさが見えるようになってきたというか。なので、前よりは自信がついたけど、やっぱりいまだに「ラブソング、聴いてください!」みたいな感じにはなれない。
20 代の女の子に伝えたい
──でもこのアルバムでは、できるところまでやった感じがしません?
ヒグチアイ:そうですね。私はなんであれ……恋愛であれ、人生であれ、もっといろんなことを考えなきゃいけないよ、ということを伝えたいんですね。特に女の子たちは、強く生きなきゃいけないし。ちょっと先を生きる人間としては、そのことを20代の子たちに伝えたい、っていうのがずっとあるんですよ。与えられた物語を楽しんで聴いているだけじゃなくて、もっと、自分がどういうものなのかっていうことを、考えてほしい。好きな人ができないとか、どうやって恋愛したらいいのかわかんない、だけど彼氏はほしい、みたいな人が多いんですよ、お悩み相談とかしてると。そうじゃなくて、まず自分はどういう人になりたいのか。彼氏がほしいっていうんじゃなくて、自分はどういう人と一緒にいたいのか、という、一個手前のところを考えてほしい、って毎回思っているので。だから、自分のことを考えるきっかけになったらいいなあ、っていう曲は、ずっと書き続けたいですよね。
──ヒグチさんが10代後半とか20代前半の頃、恋愛のことを考える時間は、1日のうちどれくらいを占めていました?
ヒグチアイ:寝てる時以外考えてました(笑)。寝てる時も考えていたかもしんないし。もうほんとに、恋ばっかりでした。でも、考えてみたら、恋をしていたかったんじゃなくて、自分の存在意義をどこかに見つけたかったんだと思う。おカネもないし、誰からも求められていないし、音楽はやっているけど、そんなに確固たるものでもないし。っていう時に、「好きだよ」って言ってくれる人がいる、私のことを見ていてくれる人がいる、っていうことが、自分の存在している意味だったので──。
──「最後にひとつ」の歌詞そのままですね。
ヒグチアイ:そうなんです。この人がいてくれる、なんでもない私を好きでいてくれるっていうことが、とっても大事だったんですけど。結局、大人になってみると、仕事がうまくいっていれば、そんなことは必要なかったんだな、っていうことに気づく。
──(笑)。それも極端な気がしますけど。
ヒグチアイ:いや、けっこうね、まわりの30代ぐらいの人と話をしていると、仕事がうまくいっているっていうことが自分にとって大事、っていう人が多くて。結局自分も、何かから必要とされたい人だったんだな、っていう。そういう人が恋愛体質になることが多いような気がします。だから、そういう子は、もっと自分のことを好きになれるものがあった方がいいと思うし、もしそういう恋愛をして、自分をないがしろにしたりしても、いつかそうじゃない自分になれるよ、っていうことを、ちゃんと自分は体現したいと思うし。だから、私もめちゃくちゃダメな人間でした、っていうことは、書いていきたい。っていうような、自分が言いたいこと、20代の女の子に伝えたいことっていうのは、書けているような気がしますね、このアルバムは。
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