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[SPECIAL] 矢島由佳子(ヒグチアイとまったく同世代30 代ライター)が「未成線上」を聴いてヒグチアイに訊いた


ヒグチアイと同い歳のライターにぶっ刺さった、4 つの歌詞


“生きやすいから死に急ぐのさ”

“今 綺麗になった爪と顔で 澄ました笑顔がサマになる 何様なんだ 無様じゃないか”(大航海)


――「大航海」はこの世代にドンピシャの1 曲ですよね。30 代半ばにもなってくると、「慣れる」ことが増えてくる。「慣れる」ゆえに、10〜20 代の頃みたいに小さな出来事で心が崩れることは減るし、仕事も要領よく進められるようになって楽なんだけど、その反面、自分の感動が小さくなっていることに気づいて虚しくなる瞬間がある。自分ができることとできないことがわかった気になってくるけど、自分で自分を理解した気になるのはまだ早いんじゃないかとも思う。そういったことを考えさせてくれるのが、「大航海」でした。それを集約した“生きやすいから死に急ぐのさ”は、詩としてすごい一行ですよね。


ヒグチアイ:そこが伝わっているのは嬉しいです。「生き急ぐ」は前向きな意味でも使われると思うんですけど「この時代を早く通り過ぎちゃう」みたいなイメージで「死に急ぐ」と書きました。だんだんそうなってきません? サラサラ生きてる感じがするというか。2023 年にすごく好きになったものってありますか?


――ウワァッ!……やばい、ないかもしれないです。


ヒグチアイ:そうでしょう? 新しい音楽を流し聴きはするんだけど、「これ最高だな」と思って聴いてる曲は1、2 曲くらいで。映画とかも「これ本当に最高だからみんな見てよ」とか言ってるんだけど、「自分の中だけに残しておきたい」みたいなあのときの感情じゃない。30 代に入ってからそれが顕著な感じがするんですよね。


――そもそも、どこへ行くにしても、何をするにしても、「これをやって何になるんだろうか」とかまず頭で考えちゃう自分が嫌ですね。


ヒグチアイ:うわあ、わかる! 無駄を省くようになってくる。昔はお金がなかったけど、今は「すごく求める」ことが減った気がする。ぬるい状態を保てていることが怖くて不安ですよね。でもどうにか心を敏感に保つ方法はある気がしていて。たとえば自分が「めんどくさいな」と思うことを繰り返すことで、あのときの感覚に巻き戻すことができると思う。「めんどくさい」がないことが「安定」なんですけど、「めんどくさい」を超えることを選んでいけば、もしかしたら自分を変えていけるかもしれない。いつかは、「感動」「焦燥」とかじゃない部分を大切に生きる日が来るんだろうけど、今はまだって感じかな。


――新卒の頃とかはお金がなくて髪を染めるのも半年に1 回くらいにしてましたけど、心とお金の余裕ができて、あのときより爪や顔を綺麗にできるようになった。でも“綺麗になった爪と顔で 澄ました笑顔”でいる自分を“何様なんだ 無様じゃないか”と言い切っちゃうところがアイさんらしいし、めちゃくちゃグサッときました。


ヒグチアイ:そうそう。あの頃より自分を綺麗に保てるようになったし、自信みたいなものもあって。それが「上がっちゃった」みたいな感じがするというか。必死だったときの自分を上から眺めているような自分が本当に気持ち悪いと思って。「大航海」はそれに気づいたときに書いた曲でした。


“隙を見せてバカなふりで 君が振り向くとしたら 好きになったのは わたしなのにちょっと 嫌いになるかもしれないな”(わがまま)


――「わがまま」は、世の中で掲げられている「異性に愛される女性像」の範囲の狭さに対する窮屈さ、そしてそういったテンプレ的な女性像を前に欲をあけすけにしている男性を見ると引いちゃう感覚、そういったものを言葉にしてくれている1 曲だと感じました。


ヒグチアイ:はっきり言ったらそれですね(笑)。最初は1 番だけ書いていたんですけど、「私の中にあるわがままの部分はこれだけじゃない気がする」と思って。あなたに好かれたいけど、私は私のままでいたいから、なんで私のこのままを好きになってくれないんだろう、なんで弱いところを見せなきゃいけないんだろう、みたいな感じで書いていて、そこから「あなたにすごく好かれたい」だけじゃなくて「私もあなたを選んでいる」ということを、どうしても書きたくなったんですよね。選ばれたいんだけど「こっちも選んでるんだよ」って。ただただ「選ばれたい」という女の子のかわいさだけじゃなくて、女の子のエグみを出したいと思って書いた曲でした。


――恋愛だけではなくどんな環境においても「選ばれているのではなく、こっちも選んでいる」というマインドが、自分を犠牲にしないためには絶対に大事ですよね。


ヒグチアイ:10 代の頃は、相手のことを全部受け入れて「私が好きになっちゃったからよくなかったんだな」って感じることが何回もあったけど、そうじゃなくていい、ということを女の子たちに伝えたくて。それで傷付く人がいっぱいいるから。許せないところは許せないと思っていい。「自分が好きになっちゃったから」じゃなくて、「ちゃんと自分で相手を選んでいく」という目を持っていてほしいと思うんですよね。


――「異性に愛される女性像」でいうと、世の中が求めるそれと、仕事で結果出すために頑張ること、その両立って到底無理じゃないですか。3 週間に1 回ネイルサロンに行って、まつげも定期的に通って、毎日パックしてボディクリーム塗って、とか。そういう意味でもこの曲を私の周りにいる仕事を頑張ってる女性たちに聴かせたいなと思ったんですよね。


ヒグチアイ:デートのときだけキラキラして、そこを好きになってくれた人は結局私のことを好きなわけじゃないよね、っていう。だから、素のままの自分を好きになってくれる人がいたらいいんだろうけど、でもまずこっちも一旦は寄り添わなきゃいけないこともあるし。


――強気なところだけを歌にするのではなく、“わたしがわたしのまま愛される自信が少しでもあったなら わがままなんて言わせないで このまま全部愛せよ!と言うよ”と、理想通りの自分になれない感覚までちゃんと描いてるのがいいなと思いました。


ヒグチアイ:そうなんですよね。めちゃくちゃ私っぽい(笑)。選びたいけど、結局それが言えないのは、自分に自信がないし、相手に嫌われる勇気もないからっていう。だから「誰かのものになって終わっちゃったらいいのに」と思ってる自分の弱さが最後に出てますね(“もう いっそ 誰かのものになってよ 手の届かないところに行っちゃって”)。なんか……私が強くならなきゃな、って思っちゃいますね。


“あきらめよう 似合わないものはある”

“退屈な日々を 笑えない日々を 永遠の愛と呼ぼう”(「この退屈な日々を」)


――「わがまま」の続編と言いたくなるような、「本当の幸せってこういうことなんじゃない?」と歌ってくれるのが「この退屈な日々を」だと感じました。もちろん相手を思いやる努力は必要だけど、無理してまで「異性に愛される女性像」になろうとせず、自分に似合わないものは諦めて、そのままの自分でいられる場所を見つけてこそ退屈な日も笑えない日も受け入れられるようになるんだって。


ヒグチアイ:そうですね。この曲が今の自分には近い気がしますね。結局私も弱いので「こんな自分じゃダメだな」と思い続けて生きていくのはしんどい。だから「あなたはそのままでいいんですよ」という言葉も言われたいんですよね。


――“大切にすればするほど離れてく、この気持ちに終わりはあるのかな”も、一見切ない詩に見えるけど、愛の言葉ですよね。


ヒグチアイ:100 分かり合える人っていないと思っていて。知っていけばいくほど、「100 合う」と思っていたところから、「30 くらいはわからないか」「いや50 くらいわからないかも」みたいになるじゃないですか。ずっと一緒にいるうちに、向こうも変わっていくし、自分も変わっていく。最初は2 人で合わせて似ていったりするかもしれないけど、その状態に慣れると、だんだん互いに「1 人でいるし、2 人でいる場所もある」くらいになってきて、気持ちが離れているわけじゃないけど距離感がある、という感覚になったことがあって。マイナスな意味ではなく、一緒にいればいるほど離れている感じとか、その人に対しての価値が自分の中では上がってるはずなのにいなくてもいいと思う瞬間があったりするのは……何なんだろう?


――「1 人でいるし、2 人でいる場所もある」くらいが一番持続可能な関係性なんじゃないですか。パートナーと長期的に一緒にいる形は「結婚」に限らず色々あるけど、誰かと一緒に生きていきながらも、自分にとっての「幸せ」はひとつに依存せずにいくつもあったほうがいいと思うし、それが“二人は二人のままここにいたいだけ”という一行が言ってくれていることだとも思いました。逆にいうと一人だと「笑えない日々」がつらすぎるときもあるから、そういう日も一緒に過ごせる相手がいることが「幸せ」ですよね。


ヒグチアイ:この曲で書いているようなことを幸せだと思えなくなったら、生きていくのがしんどいだろうなって思っちゃうから、自分のこの先のために書いている言葉もある気がしますね。人のことをすごく好きになって、裏切られて、バタバタしてるような瞬間にも「幸せ」があったかもしれないけど、じんわり続いていく幸せみたいなものをちゃんと「幸せ」だと思える人でありたいなと思うんです。「私には何もないな」「普通の日常だな」と思ってる人に、それが幸せなんだよって言いたい曲ですね。


――そういう日の中には機嫌悪いときもあるし、ごめんねと言えないときもあるし(“明日にはなおってるご機嫌も ごめんねと言えないの 今日だけは”)。


ヒグチアイ:あるある。昔はケンカしたら終わらせないと気が済まないタイプだったんですよ。ケンカしたまま相手が家を出ていったりこっちが出ていったりしたあとに死ぬかもしれないと思っちゃうタイプで。でも今は「明日もこの人はいる」という自信があるから、「今日言えなくてもいいか」ってなる。それは大人になったなと思います。ケンカしたとき、どっちが謝りますか?


――最初は向こうが謝ってくれていたんだけど、「僕ばっかり謝るのは嫌だ」って言われて、私も謝るときは謝るようになりました。感情を込めて謝るときと、ただ言葉を発するだけのときがあるけど(笑)。


ヒグチアイ:あるある、それある! とりあえず発しておくことが大事(笑)。


“ライブ ライフ 生きていくんだ ライブ ライフ 背負ったままで”(「mmm」)


――「mmm」はコロナ禍の曲ですけど、コロナ関係なく、ここまで話したようにいろんな感情、不安、問題とかは常にあって、それでも生きていかなきゃいけない、というのがこのサビに表れていますよね。大きな質問ですけど、アイさんはこの先、どう生きていきたいですか。


ヒグチアイ:柔軟に生きたいなって思う。そう思うのは、自分がかたいからなんだと思うんですけど。変わっていくものに対して反発したくない。新しいものや考え方をちゃんと理解したいし、理解できなかったときは黙っていたい。おばあちゃんになっても新しいことにすぐに取り掛かれるような人になりたいですよね。その場にあった自分の感情と世の中にあったものを擦り合わせいきたいなと思います。


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