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new song [ 縁 ] official interview




ベスト盤を経てレーベル移籍、第一弾となるシングル「縁」がテレビ東京系ドラマ24「生きるとか死ぬとか父親とか」のエンディングテーマに決定したヒグチアイ。すっきりと抜けのいいポップソングは今までの彼女のイメージとは少し異なるものだろう。では、今までのヒグチアイとは具体的に何だったのか。そして今の彼女は何を思いどんなふうに自分と向き合っているのか。改めてじっくり聞いてみたインタビューをどうぞ。


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一一今、「蜜蜂と遠雷」の舞台で忙しいんですよね。

「そうですね。舞台って稽古が多いって聞いてたんですけど、思ったより少なかったんですよ。少ないからこそ気が抜けなくて忙しいみたいな。朝の11時から夜8時くらいまで稽古して、ご飯ちょっと食べて寝るっていう生活なので、なんにもしてないです、これ以外」


一一もともと、音楽以外のことも幅を広げてやりたいと思ってました?

「そうですね。知らないことを知りたいっていう気持ちは常にあるので。舞台を絶対やってみたかったわけじゃないんですけど、でも、そういうお話が来たのであればやらざるを得ないっていう気持ちです。相手から『絶対やって欲しい』って言われたからじゃなくて、これを断るとヒグチアイとして良くないことになりそうな気がして。なるべく負けたという記憶をなくしたいんですよ」


一一負けではないのでは?

「いや、負けなんですよ。知らないことなのにやらないっていうのは負けだと思うんで。知ったうえで『できない。やっぱり自分には合ってない』って言うのはいいんです。でもやったことないのに『やらない』って言うのは負けになっちゃうんで、今回はそれで受けました」


一一いつも、そんなふうに考えているんですか?

「はい。ちょっと厄介ですね(苦笑)。でも昔からずっと『新しいところに行きたい』『こっちに行ったらどうなるんだろうな?』って探し続けていたような気がします。よくメールアドレス替える人いるじゃないですか。私めちゃくちゃそのタイプで、3ヶ月に1回くらいアドレス替えてたんですよ。それぐらい、新しくなりたい、新しい環境に行きたいっていう気持ちがあって」


一一それは、現状に満足していないとも言えますね。

「今の環境が嫌だってことじゃないんですけどね。そもそも自分のことがそんなに好きなタイプじゃないので。なんか自分に足りないものがあって、それを埋めてくれるものがこの先にあるかもしれないとか、勝手にそういう幻想を抱いているのかもしれないです。自分を変えるには、付き合う人を変える、住む場所を変える、仕事を変えるっていうのが一番早いと思っていて。仕事を変えるはやったことないですけど(笑)、つまんなくなったなと思ったら違うことをしてみる。それは今までもやってきたと思います」


一一そういう感覚、よく歌になっていますよね。自己否定の人だとは思わないけど、いつだって満足はできていない印象があります。

「自分のことが大好きな人って自分のこと書かないと思うんですよ。満たされていれば他人に興味が出てくるだろうし。私はもうずっと自分のことを書いていて……もう浅いところには何もなくて、掘り尽くしたものをさらに深く探っていく作業なんですね。そんなに新しい感情って自分の中から出てこないじゃないですか。深く掘っていけばだいたい幼少期の頃にぶつかっていくし。もう何もないかもしれないって思いながら、そこを削り削りやっているので」


一一シンガーって二通りタイプがあって、本当に架空の物語、みんなの物語を書ける人もいます。いっぽうで自分のことしか歌わない、それ以外の歌は嘘になると言い切ってしまう人もいる。

「うん。それで言うと、私は自分のこと書いてるほうがいいんだと思います。いい曲だなと思ってインタビュー読んで『タイアップで作った曲なんです』みたいな発言があると、すごく傷つくタイプで」


一一あはははは。

「何度もそれに傷つけられてきた(笑)。やっぱりタイアップで書いたものであっても、自分の中から出てきたものであって欲しい、自分で歌うなら。ていうか、自分があんまり歌が上手いと思ってなくて一一」


一一そうなんですか?

「そうです。だから自分が歌うことにそこまでの価値はないと思っていて。それでも歌いたいと思うのは自分の本心なんだろうし、自分で曲を作って自分で歌うことに意味があると思うからシンガー・ソングライターをやっているんです。ソングライターの部分をなくしてシンガーだけになってしまうなら、誰かに作ってもらった曲、誰かのための曲を歌ってもいいと思うんですけど」


一一つまり、シンガー・ソングライターは自分自身を語るべきだ、と。

「はい。もちろん歌が上手い人は何を歌ってもいいと思うんですよ。でも、私はそんなに上手くはないけど、それでも歌いたいことがあるってことは、自分のことを言いたいんだと思います。自分はそうするべきだと思ってますね」


一一それって自己顕示というより、自分に対する厳しさに似ていませんか?

「真面目……なところはあるかもしれない。意味がないもの、理由がはっきりしていないものがあんまり好きじゃないというか。全部意味があるものであって欲しいので。それを歌う意味とか、それでもやりたい意味とか、そういうことは常に気にしちゃうので。人の曲を歌うのは意味がない、って思ってしまうのも同じ感覚なんだと思います」


一一そういう話を伺っていると、今回の「縁」はニュアンスが違うというか。曲調もすごくポップに抜けた印象があります。

「……これは言っていいのかわかんないですけど、いくつか出した中で一番ポップなやつが選ばれたっていう。リアルな話はそこです(笑)。でも別にこれも嫌いじゃないというか。あと今回は自分のことを書かないからこそ明るい感じにできましたね。原作を読みながら俯瞰で書いたことも大きくて」


一一原作はどんなお話なんですか?

「ジェーン・スーさんのエッセイなんですけど、40過ぎくらいの女の人とお父さんの話で。お母さんが若くして亡くなってるんです。でもお父さんはすごく奔放な人間で、借金を作ってはそれを娘が返して、また父が借金をして。それによって子供の時からいっぱい悩まされるんですけど、父と娘はつかず離れず、でも好きだし、嫌いでもある。わかり合いたかったり、分かち合えなかったり。その不思議な関係って、ほんと親子だなって思いましたね。今もジェーン・スーさんはその続編を書かれているんですけど、続いていく話なんですね、それぞれの人生が。だから、続いていくってことも考えながら曲は書きました」


一一どう思いました? そういう家族の形。

「うちの親と全然違ったんですよ。うちのお父さんはちゃんとお父さんらしい、お父さんの仕事を全うしてくれる人なんですけど、意外とそうじゃないお父さんって世の中にいるんだなって。もっと好きに生きて、勝手に振る舞っていられる。そういう父を持つ娘の気持ちがあまりわからなかったので、そこは大変でしたね」


一一ただ、曲を聴けば、面倒だけど愛おしい気持ちは伝わってきます。

「ほんとですか? それが伝われば良かったです。でもお父さんには先に『これはお父さんのことじゃないからね』って言わなきゃなと思ってました(笑)」


一一ちゃんと先に断っておいたと(笑)。

「はい。ただ、やっぱりこういう気持ちって家族だけかな、と思うんです。友達だったらありえないというか」


一一他人にはわからない愛憎がありますよね。

「あります。家族だから、許せないって思ってても一緒にいられる。もしそういう友達がいるならすごいことだなって思います。ずっと小学校から友達、嫌なところがあってもずっと一緒にいる、みたいな関係の人もいるじゃないですか。それはもう家族みたいな関係なのかな。そんな友達欲しいです」


一一「縁」のような曲は、自分の中で今までの曲とは別のフォルダに入ってる感じですか?

「そうですね。もちろん内容的に嘘はついてないし、違う感情で書いたわけでもないんですけど。でも、確かに別のフォルダではあると思います。どっちかっていうと言葉のチョイス。気持ちの強さで書いてるわけじゃなくて、言葉としてこれを使いたいからこういう感じにしようって。気持ちより言葉が走ってる感じですね」


一一そういう作り方、楽しいものですか?

「楽しかったです。ほんと違う筋肉を使うので。いつも自分のこと考えながら曲作ってるから『あ、曲書けなくなったらこっちでやればいいんだ』って思いましたね(笑)。そうやって幅が広がるのは自分でも嬉しいですね」


一一幅も広がっているし、経験も積んできた。それでも歌を作ると、今も大好きな自分には出会えないものなんですか?

「……どうなんでしょうね(苦笑)。理想が高いんですかね、自分の。昔ほど高くはなくなってると思うんですけど、昔は『こうなりたい、なれる』って思ってたし、若さとか可能性も自信になってて。その可能性が少しずつ減っていく中であっても、まだ『これやれてないな』って思うことがあって。それが、大好きな自分になれないひとつの原因だと思ってるんですけど」


一一追いかけるものが常にあるから、現状に満足できない。

「そうですね。だから今も舞台をやらなきゃいけなくなってるんですけど(笑)。でも、これがちゃんとできなかったとしても、やる前よりは自分のことちょっとでも好きになれてると思うんです。一生懸命やったし、経験したし、って思えたら自分のこと嫌いにはならないので」


一一ヒグチさんの中に、ちゃんとしなきゃ、みたいな強迫観念ってありません?

「あります。長女なんで(笑)。長女で二番目で、うちの兄と妹がめっちゃ仲悪くて、ずっとバランス取らなきゃいけない立場だったんで。うん……ちゃんとしなきゃ、っていうのは強いです。真面目というか。変えたいと思っても変わらないところはそこですね」


一一人としては美点ですけど、ただ、ポップスやエンタメの世界で、真面目であることって必ずしも求められなかったりしますよね。

「そうそう。だから羨ましいですよ。いかにも末っ子みたいな振る舞いで、実際に末っ子だったりするアーティスト見てると(笑)。ただ、私がずっと支えにしてるのはユーミンも真ん中っ子だっていう話で。だから別にいいんだなと思ってます。真面目で、細かいところが気になって、ちゃんとやらなきゃ気が済まない。それでもポップスはできると思ってるんで。だからこそ私にできるものはあるかなと思います。私は自分ができることをやるだけ……こういうところも真面目なんですね(苦笑)」


一一いいと思いますよ。

「自分にしかできない物語、小説とか映画みたいなものがあると思うし、自分の中で楽な方法を探したらここに辿り着いたっていうのがあるので。もちろん人の目なんか気にしないで生きていけたらいいですけど、そうはなれないことも知ってるし、なろうとした結果上手くいかなかったことも知ってるから」


一一それも自分なんだって受け入れていると。

「うん。そんな自分を無理やり好きになるのは難しいし、でも嫌いとは言わないであげたい。だから、もうちょっと他に好きなところができたらいいね、って思って生きてる感じです。たぶん今喋ったようなこと、こういう思考が、すべての曲に入ってきてると思います」



Text by 石井恵梨子




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